ヘロドトス「歴史」1.31〜から(松平訳)
(ギリシアの賢者アテナイの人ソロンに、サルディス(小アジア)の王クロイソスが、「だれかこの世界で一番仕合せな人間に遭われたのかどうか」と尋ねた。自分がそのつもりで尋ねたのあったが。)
(略)
ソロンがこのように、(アテナイの)テロスの仕合せであった所以(ゆえん)を縷々(るる)として説いたので、クロイソスはいよいよいきまき、自分は少なくとも二位には必ずなれると考えて、テロスについで二番目に最も仕合せな者はだれと思うか、と尋ねた。ソロンがいうに、
「それはクレオビスとピトンの兄弟でございましょう。二人はアルゴスの生れで、生活も不自由せず、その上体力に大層恵まれておりました。二人ともに体育競技に優勝しており、さらにつぎのような話が伝わっております。
アルゴスでヘラ女神の祭礼のあった折りのこと、彼らの母親をどうしても牛車で社まで連れてゆかねばならぬことになりました。ところが牛が畑に出ていて時間に間に合いません。時間に終われ、二人の青年が牛代わりに軛(くびき)に就いて車を曵き、母を載せて四十五スタディオンを走破して社へ着いたのでございます。祭礼に集まった群衆の環視の中でこの仕事を成し終えた兄弟は実に見事な大往生を遂げたのでございます。神様はこの実例を持って、人間にとっては生よりもむしろ死が願わしいものであることをはっきりとお示しになったのでございました。
アルゴスでヘラ女神の祭礼のあった折りのこと、彼らの母親をどうしても牛車で社まで連れてゆかねばならぬことになりました。ところが牛が畑に出ていて時間に間に合いません。時間に終われ、二人の青年が牛代わりに軛(くびき)に就いて車を曵き、母を載せて四十五スタディオンを走破して社へ着いたのでございます。祭礼に集まった群衆の環視の中でこの仕事を成し終えた兄弟は実に見事な大往生を遂げたのでございます。神様はこの実例を持って、人間にとっては生よりもむしろ死が願わしいものであることをはっきりとお示しになったのでございました。
すなわちアルゴス人たちは彼らを囲んで、男たちは若者の体力を讃えますし、女たちは二人の母親に、何という良い息子を持たれたことかと祝福いたしました。母親は息子たちの奉仕と、二人の良い評判とをいたく喜んで、御神像の前に立って、かくも自分の名誉を揚げてくれた息子のクレオビスとピトンに、人間として得られる最前のものを与えたまえ、と女神に祈ったのでございます。この祈りの後、犠牲と饗宴の行事があり、若者は社の中で眠ったのでありますが、再び起き上がることはことはありませんでした。これが二人の最期だったのでございます。アルゴス人は二人を世にも優れた人物だ炉してその立像を作らせ、デルポイへ奉納いたしたのでございます。」
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